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【論文概要】江戸時代と現代日本人女性の顔立ちの違い ― 歴史・研究・矯正歯科の視点から ―

(このコラムは林院長の論文をスタッフがまとめています)

 

日本橋はやし矯正歯科の院長 林一夫は、大学教授時代から矯正歯科分野において数多くの学術的業績を残してきました。

特に3次元画像解析や3Dデジタル矯正に関する研究では国内外で高い評価を受けており、これまでに100本を超える論文を発表しています。

 

臨床現場に直結する基礎研究から、最新のデジタル技術を応用した治療法の開発まで、多角的な視点から矯正治療の発展に貢献してまいりました。

現在も学術的知見を臨床に還元し、「患者さま一人ひとりに安心と納得を与える治療」を実践しています。

今回ご紹介する論文は江戸時代の女性と現代女性の頭蓋骨を比較し、時代背景と顔立ちの関係を明らかにしたユニークな研究であり、矯正歯科の視点からも非常に示唆に富む内容だと思います。

 

 

Morphological analysis of the skeletal remains of Japanese females from the Ikenohata-Shichikencho site. European Journal of Orthodontics. Hayashi K, Saitoh S, Mizoguchi I

 

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21745827/

 

https://academic.oup.com/ejo/article-abstract/34/5/575/549497?redirectedFrom=fulltext&login=false

 

 

古代人骨の発見と研究について

 

日本では近年、建設工事などをきっかけに多数の古代人骨が発見されています。

これらの遺跡の多くは、地方の大学や博物館に所属する研究者や公的機関の調査によって確認されています。

遺跡から人骨がそのままの状態で出土すると、重要な情報が得られます。しかし、多くの研究結果は調査委員会の報告書のみに掲載されることが多く、広く一般に共有されることは稀です。

 

 

江戸時代の遺跡から出土する古代人骨

 

江戸時代(1603年〜1867年)は、徳川幕府が日本を統治していた時代です。

将軍は世襲の最高司令官であり、天皇が形式上の国家元首であったものの、実質的な権力は将軍に集中していました。

したがって、1867年の封建制廃止まで、将軍が日本の実際の支配者とみなされていました。

江戸時代の社会は身分制度が厳格に分かれており、最上位は武士、その下に農民、職人、商人が続き、さらにその下には被差別民層(えた・非人)が存在しました。

当時の首都であった江戸(現在の東京)は、人口約100万人を抱える大都市でした。東京の都市部にある江戸時代の遺跡からは、数千体に及ぶ人骨が出土しています。

 

これまでの研究では、江戸時代の人骨を系統発生学的、病理学的、人口学的に分析してきました。

本研究のような形態学的分析は、当時の人々の体格や形態を明らかにするだけでなく、江戸時代の日本人の形態的な傾向や、現代日本人における形態的多様性の理解にもつながります。

 

※なお、江戸時代では上流階級と庶民では口元の骨格に違いがあることがわかっています。
これは、上流階級ではしっかり調理され柔らかくなった食べ物を食べていたのに対し、庶民はご飯にめざしやたくあんといった質素かつ硬いものを食べていたからだろうと言われています。

 

 

1.なぜ江戸時代と現代を比較するのか

 

私たちの「顔立ち」や「歯並び」は、生まれつきの遺伝だけでなく、食生活や社会環境といった時代背景 に大きな影響を受けています。

今回紹介する研究では、東京都台東区の池之端七軒町遺跡から発掘された江戸時代の女性頭蓋骨を用い、現代日本人女性の頭蓋と比較しました。

これにより「時代による顎顔面形態の違い」が科学的に明らかになったのです。

 

 

2.江戸時代女性の社会的背景

 

江戸時代の女性は現代に比べて非常に厳しい環境で生きていました。

  • 平均寿命は30歳前後。感染症や出産に伴うリスクで短命であった
  • 食生活は硬い食材中心。保存食や繊維質の多い食品を噛む機会が多く、顎への負担が大きかったと考えられる
  • 社会制度の制約。女性は家父長制の中で生き、自由な選択肢は限られていた
  • 女児の間引き。男子を優先する価値観から、出生直後の女児が育児放棄された例も多く、人口構成に影響していた

こうした背景を踏まえたうえで、江戸時代女性の「顔立ちの特徴」を見る必要があります。

 

図は江戸時代人の頭蓋骨のセファロ写真と今回の研究で評価した計測項目を示しています。

細かな内容は割愛しますが、一般的な項目で評価しています。

 

3. 研究方法

 

この研究では、江戸時代女性30体と現代女性40名を対象に比較が行われました。

  • 対象サンプル
    江戸時代:池之端七軒町遺跡から発掘された女性頭蓋骨(上下顎中切歯・第一大臼歯が残存)※国立科学博物館所蔵
    現代:北海道医療大学矯正科を受診した女性
  • 分析方法
    2次元形態計測(Geometric Morphometrics)を使用
    頭蓋の基準点を設定し、上下顎の位置・歯の傾斜・頭蓋形態を比較

 

 

4. 江戸時代女性の顔立ちの特徴(研究結果)

 

分析の結果、江戸時代女性には以下の特徴が確認されました。

  • 上下顎が前方に突出(いわゆる口ゴボ傾向だが現代の傾向とは異なる)
  • 咬合平面が平ら(噛み合わせの角度が少ない)
  • 頭蓋の長さが大きい(S-N距離が長い:現代人と比較して長頭)

つまり、横から見たときに「口元が全体的に出ている」顔立ちだったのです。

 

 

5. 現代女性の顔立ちの特徴

 

一方で、現代日本人女性では次のような特徴がみられました。

  • 鼻の付け根(前鼻棘)がやや突出
  • 歯列は江戸時代ほど前に出ていない
  • 食生活の変化による顎の発達の違い

柔らかい食事や栄養状態の改善により、顎の形態や顔立ちが変化してきたことがうかがえます。

 

 

6. 考察 ― なぜ違いが生まれたのか

 

これらの差異は単なる偶然ではなく、食生活・栄養状態・社会的環境・遺伝 が複雑に関与していると考えられます。

  • 食生活の違い
    硬い食事が顎の成長を促し、江戸時代の女性は上下顎骨が前に出やすかった?
  • 寿命の短さ
    若くして亡くなることが多く、年齢的な成長差が残りやすい。
  • 社会的制約
    女性の生活習慣は現代よりもはるかに過酷で、成長や健康に影響を及ぼした。
  • サンプルの偏り
    現代群は矯正治療を希望した女性が対象であるため、平均的な日本人女性とは少し異なる可能性がある。

 

 

7. 矯正歯科にどうつながるのか

 

この研究は「顔立ちは時代によって変化する」という事実を科学的に示しました。

矯正歯科では、患者さま一人ひとりの「今の骨格」「将来の横顔」を精密に分析することが重要です。

当院では、

  • CBCTによる3D画像
  • セファロ分析による骨格評価
  • 横顔シミュレーション

を組み合わせ、矯正治療の効果を「未来の横顔」として可視化します。

歴史研究で得られた知見を、現代の臨床にも応用しているのです。

 

 

まとめ

 

江戸時代と現代日本人女性の顔立ちは大きく異なり、食生活や社会環境がその差を生み出しました。

  • 江戸女性:口元が前に出ている、寿命が短く過酷な環境
  • 現代女性:食生活の変化で顎形態が変わり、横顔の印象も異なる(短頭傾向)

 

矯正歯科は「時代背景に左右される顔立ち」を科学的に分析し、理想の横顔を実現するための学問です。

ご自身の横顔に関心がある方は、ぜひカウンセリングで未来のシミュレーションをご体験ください。

 

 

参考文献(サイト)

 

池之端七間町遺跡について
https://www.city.taito.lg.jp/gakushu/shogaigakushu/shakaikyoiku/bunkazai/taitoukuiseki/taitoukunoiseki/ikenohata7kentyou.html

国立科学博物館(標本コレクション)
https://www.kahaku.go.jp/research/db/anthropology/osteology/edo/k28/

【論文概要】デジタル矯正の信頼性を高める研究 ― バーチャル3Dモデル分析の再現性について

研究の概要

 

(このコラムは林院長の論文をスタッフがまとめています)

 

日本橋はやし矯正歯科 院長の林一夫は、これまで100本以上の学術論文を発表し、デジタル矯正の研究に長年取り組んできました。

この研究は国際的に権威のある学術誌 American Journal of Orthodontics and Dentofacial Orthopedics に掲載されました。

 

本研究の背景

 

矯正歯科では、長らく石膏模型を使った診断と治療計画が行われてきました。

しかし、石膏模型は保管や取り扱いに手間がかかり、また計測時の誤差も避けられません。

 

そこで近年、石膏模型をスキャンしてデジタルデータ化し、バーチャル3次元(3D)モデルとして解析する方法が普及してきました。

さらに、直接口腔内をスキャンする手法が急速に普及しつつあります。

 

 

デジタル矯正が広がるなかで重要になるのが「再現性(reproducibility)」です。

異なるソフトウェアや手技で分析しても、同じ結果が得られることが治療計画の信頼性に直結します。

今回紹介する論文は、この再現性に焦点を当て、特に「標準化」がどのような影響を及ぼすかを明らかにした研究です。

 

研究の目的

 

本研究(林ら, AJODO, 2015年)の目的は、バーチャル3Dモデルを用いた歯列模型分析において、測定点を統一(標準化)することが再現性に与える影響を明らかにすることです。

加えて、物理的な石膏模型をデジタルノギスで測定したデータとも比較することで、従来法との違いも検討しました。

 

方法

 

  • 石膏模型5セットを対象にスキャンを実施
  • 使用機器:R700(3Shape社)、REXCAN DS2 3D(Solutionix社)
  • 使用ソフト:SureSmile、Rapidform、I-DEAS
  • 比較対象:物理的な石膏模型をデジタルノギスで計測

標準化を行わず自由に測定した場合と、標準化ルールを設けて測定した場合とで再現性を比較しました。

 

結果

 

  • 標準化なし:ソフト間で最大0.39mmの誤差が生じた
  • 標準化あり:誤差は最大0.099mmに縮小し、有意に再現性が改善した(p < 0.05)
  • 全てのソフト・計測法で、標準化を行った場合の方が誤差が小さいことが確認された
  • デジタルノギスを用いた石膏模型測定では、依然として誤差が生じやすいことも示された

 

臨床的意義

 

この研究が示す最大のポイントは「標準化によってデジタル模型分析の信頼性が大幅に高まる」という点です。

 

矯正治療では、治療開始前に行う診断・シミュレーションの正確さが、治療結果や患者満足度に直結します。

もし計測方法が術者やソフトによってばらついてしまえば、治療計画そのものに不確実性が生じてしまいます。

 

しかし標準化を徹底すれば、誰がどのソフトで測定しても安定した結果が得られるため、患者にとっても安心感が増します。

また、物理的な石膏模型での計測が難しい点も改めて明らかになり、デジタル化の意義が裏付けられたといえます。

 

将来展望

 

この研究の知見は、今後の3Dデジタル矯正において大きな意味を持ちます。

  • AIを活用した自動トレース・診断支援
  • 患者ごとの治療計画をクラウド上で共有するチーム医療
  • 治療シミュレーションのさらなる精度向上

いずれも、基盤となるのは「信頼性の高い3Dモデル分析」です。今回の研究は、その基盤を支える重要な一歩といえます。

 

まとめ

 

日本橋はやし矯正歯科院長である林一夫らによる本研究は、矯正歯科におけるバーチャル3Dモデル分析の再現性を検証し、測定点の標準化が精度を大きく高めることを示しました。

 

当院では、 国際的な学術研究の成果を参考にしながら  、患者さまに安心して治療を受けていただける診療体制づくりを進めています。

 

参考資料

 

Influence of standardization on the precision (reproducibility) of dental cast analysis with virtual 3-dimensional models.
American Journal of Orthodontics and Dentofacial Orthopedics
Hayashi K, Chung O, Park S, Lee SP, Sachdeva RC, Mizoguchi I.

URL:https://www.ajodo.org/article/S0889-5406(14)01007-5/abstract